2025/09/18
「人生は旅です」
この比喩、聞いたことがありますよね。でも、これを聞いて何か具体的なイメージが浮かびますか? たぶん、浮かばないと思います。
第3回では、比喩が滑る原因の2つ目「抽象度のズレ」を扱います。比喩の「上手い・下手」は、実は抽象度の操作で決まります。
抽象度ズレには2つの方向がある
抽象度のズレには、2つの方向があります。
抽象すぎて像が結べない──「人生は旅です」「未来は可能性に満ちています」。何も言っていないに等しいです。聞き手の頭に何の絵も浮かびません。これが「ふわふわ」と感じる正体です。
具体すぎて狭く、意味が固定される──「卒業は東海道新幹線で東京から名古屋に着いた瞬間です」。具体的すぎて「それ、自分には当てはまらないな」と思われます。応用が利きません。これが「ピンと来ない」の正体です。
どちらも、比喩として機能していない状態です。
比喩は「対応づけ」の設計で決まる
比喩とは、AをBに喩えることです。このとき「Aの何とBの何が対応しているのか」が明確でないと、聞き手は迷子になります。
たとえば「人生は山登りだ」と言ったとき、何を対応させているのでしょうか。
- 頂上=目標?
- 道中=努力?
- 下山=老後?
対応点が曖昧だと、聞き手は好き勝手に解釈します。話し手の意図とズレます。
逆に、対応点が多すぎても問題です。「頂上は目標で、道中は努力で、休憩所は友人で、天候は運で、装備は学力で……」と対応させすぎると、聞き手は追いきれません。
対応点は1〜2個に絞るのが原則です。
1段だけ動かすルール
抽象度を操作するときは、一気に飛ばさないでください。1段ずつ動かすのがコツです。
たとえば「成長」という抽象概念を伝えたいとき。いきなり「成長とは蝶の羽化である」と飛ぶのではなく、まず「成長とは昨日できなかったことが今日できるようになること」と1段具体化します。
その上で必要なら「それは自転車に乗れるようになる感覚に近い」とさらに1段下げます。
聞き手が抽象と具体の間を往復できるように、階段を作ってあげてください。エレベーターで一気に飛ばさないことです。
比喩の「距離」を意識する
比喩には「距離」があります。喩えるAと喩えられるBが、どれだけ離れているか。
| 距離 | 特徴 | 例 |
|---|---|---|
| 近い | 理解しやすいが新鮮味がない | 「卒業は旅立ちだ」 |
| 中くらい | バランスが取れている | 「卒業は脱皮だ」 |
| 遠い | 新鮮だが理解にコストがかかる | 「卒業は核分裂だ」 |
祝辞では「新しさの利益」が「理解コスト」を上回ることは稀です。斬新な比喩を披露する場ではありません。無難でも伝わる比喩の方が役に立ちます。
比喩の世界観を混ぜない
1つの祝辞の中で複数の比喩を使うことがあります。このとき注意すべきは「比喩の世界観を混ぜない」ことです。
前半で「船出」の比喩を使い、後半で「種まき」の比喩を使うと、聞き手は混乱します。海にいたはずが畑にいる。頭の中の絵がリセットされます。
1つの比喩を伸ばすか、短く切って戻るか。どちらかに決めてください。複数の比喩を並列するのは上級者向けであり、祝辞向きではありません。
抽象度チェック
比喩を入れる前に、以下を確認してください。
- 対応点は1〜2個に絞れているか?(対応させすぎていないか)
- 聞き手の頭の中に「像」が出るか?(抽象的すぎて何も浮かばないなら失敗)
- 像が出た瞬間に主題へ戻れるか?(比喩に引っ張られすぎて本題を忘れないか)
これらを通過しない比喩は、抽象度の調整が必要です。
次回は「説明コストのズレ」を扱います。
