2025/09/18
前回(抽象度がズレると比喩は「ふわふわ」か「ピンと来ない」になる)へ戻る
「努力という名の羅針盤が、夢という大海原を照らす灯台へと導く」
……読んでいて、ちょっと疲れませんでしたか? これを耳で聞いて、一発で理解できる人はほとんどいません。
第4回では、比喩が滑る原因の3つ目「説明コストのズレ」を扱います。
説明コストとは何か
説明コストとは、比喩を理解するために聞き手が払う負担のことです。時間だけではありません。
理解に必要な前提──その比喩を理解するために、どれだけの予備知識が必要か。「アキレスと亀」を比喩に使うなら、ゼノンのパラドックスを知らない人には通じません。
途中で迷子になるリスク──比喩が長いと、聞き手は途中で「今どこにいるのか」を見失います。戻ってこられなくなります。
音の聞き取り負荷──祝辞は耳で聞きます。体育館、マイク、反響。聞き取りにくい環境で、複雑な比喩は処理しきれません。
これらを総合したものが「説明コスト」です。
コストが上がる条件
どんなときに説明コストが上がるのでしょうか。
前提知識が必要──知らないと成立しない比喩です。古典、専門用語、マニアックな引用。「賽は投げられた」も、カエサルを知らない小学生には伝わりません。
対応点が多い──前回触れた通り、対応点が多いと追いきれません。
文章が長い/修飾が多い──一文が長いと、聞き手は文末に着く前に文頭を忘れます。修飾語が多いと、主語と述語の関係が見えにくくなります。
一文の中で抽象度が乱高下する──冒頭に挙げた「努力という名の羅針盤が〜」がまさにこれです。一文の中で抽象と具体が混在し、頭がついていきません。
コストを下げる設計
説明コストを下げる設計原則があります。
短く──一文は短く。修飾は削ります。「〜という」「〜のような」が連続したら危険信号です。
単純に──対応点を絞ります。比喩の構造をシンプルにします。
即リターン──比喩を出したらすぐ本題に戻ります。比喩に浸らない。聞き手を比喩の世界に長く留めないでください。
比喩は「導入」ではなく「補助輪」と考えてください。補助輪は、主役の自転車を支えるためにあります。補助輪が目立ったら本末転倒です。
「3秒テスト」と「音読テスト」
説明コストを検証する方法があります。
3秒テスト──比喩を含む一文を聞いて、3秒以内に意味が取れるかどうか。3秒を超えると、聞き手は次の文に移っています。置いていかれます。
音読テスト──原稿を声に出して読みます。つっかえる箇所、息継ぎが苦しい箇所、言いにくい箇所がないか確認してください。聞き手の理解しやすさと、話し手の言いやすさは連動しています。
これらのテストを、本番と同じ環境で行うのが理想です。静かな部屋で読むのと、広い体育館でマイクを通して読むのでは、伝わり方が違います。
説明コストの見積もり
比喩を使うかどうかの判断材料として、説明コストを見積もってみてください。
| 高コストの兆候 | 具体的な目安 |
|---|---|
| 前提知識が必要 | 知らない人に説明が必要 |
| 一文が長い | 40字を超える |
| 対応点が多い | 3つ以上ある |
| 読み上げに時間がかかる | 5秒以上かかる |
コストが上回るなら、比喩を捨ててください。比喩なしでも祝辞は成立します。無理に入れる必要はありません。むしろ「比喩を入れないと決める」ことが、祝辞を救う場合もあります。
次回は「連想事故」と「価値観地雷」を扱います。3つのズレが整っていても事故る領域です。
