2025/09/18
「比喩を使ったら、なんか滑った気がする」
祝辞を終えた後、そんなモヤモヤを抱えたことはありませんか。あるいは、他の人の祝辞を聞いていて「あ、今の比喩、ちょっと……」と感じたことがあるかもしれません。
この連載では、「比喩が滑る」とはどういう現象なのかを言語化し、事前に防ぐ方法を全6回でお伝えします。第1回は「滑る」の正体を定義するところから始めます。
そもそも、なぜ祝辞に比喩を入れるのか
比喩を入れる目的は、大きく分けて4つあります。
印象化──抽象的なメッセージを、聞き手の記憶に残す。「努力は大切です」だけでは印象に残りにくい。何かに喩えることで記憶のフックを作ります。
抽象の具体化──言葉だけでは像が結べないものを、聞き手の頭に「絵」として浮かばせる。これが比喩の最も基本的な機能です。
情緒づけ──論理だけでは届かない感情的な重みを与える。式典という場にふさわしい「厚み」を持たせます。
記憶化──式典が終わった後も残るフレーズを作る。「あのとき会長が言っていた○○」と思い出してもらえれば成功です。
しかし、これらの役割を果たせない比喩があります。それが「滑る」比喩です。
「滑る」の内訳を分類する
「滑った」と感じるとき、その内実は一様ではありません。分類すると、概ね5種類になります。
| 滑りのタイプ | どういう状態か | 例 |
|---|---|---|
| 伝わらない | 聞き手が比喩の意味を理解できない | 「○○のようなものです」と言っても○○を知らない |
| 誤解される | 意図と違う意味で受け取られる | 「船出」のつもりが「漂流」を連想される |
| 場違いに見える | 意味は伝わるが、式典の空気に合わない | 笑いを取りにいって会場が凍る |
| 自己満に見える | 話し手だけが気持ちよくなっている | 凝った言い回しに酔っているように見える |
| 余計な連想が走る | 意図しない方向に思考が飛ぶ | 「戦い」が受験失敗した生徒を傷つける |
自分の比喩が「どの滑りに当たりそうか」を判定できれば、対策が立てられます。まずはこの5分類を頭に入れておいてください。
原因は「3つのズレ」で説明できる
上記5種類の滑りは、突き詰めると3つの原因に集約されます。この連載の核心部分です。
共有経験のズレ──話し手と聞き手が同じ経験を持っていない。知らない映画、触れたことのないスポーツ、世代特有の文化。これらを前提にした比喩は、一部の聞き手だけに届きます。
抽象度のズレ──比喩が抽象的すぎて像が結べない。あるいは具体的すぎて意味が狭くなる。「人生は旅だ」は抽象的すぎて何も言っていないに等しいですし、「人生は新幹線のぞみ号の自由席だ」は具体的すぎて解釈の余地がありません。
説明コストのズレ──比喩の意味を理解するのに時間がかかりすぎる。祝辞は短いです。前提を説明している暇はありません。
この3つを「ズレの3要素」として、第2回以降で各回深掘りしていきます。
祝辞には祝辞特有の難しさがある
なぜ祝辞の比喩は難しいのでしょうか。通常のスピーチや文章とは異なる制約があるからです。
聞き手が多層である──児童生徒、保護者、教職員、来賓。それぞれ年齢も立場も経験も違います。全員に届く比喩を作るのは至難の業です。
時間が短い──多くの場合3〜5分。比喩を丁寧に解説する余裕はありません。
やり直せない──文章なら読み返せます。祝辞は一発勝負。聞き手が一瞬でも迷子になったら、そこで終わりです。
儀礼性が強い──式典には格式があります。崩しすぎると場にそぐわなくなります。
これらの制約を踏まえた上で、比喩を設計する必要があるのです。
比喩を入れる前の自己診断
比喩を入れる前に、以下の問いで自己診断してみてください。
- その比喩は聞き手に何を得させるのか?
- 誰が置いていかれるのか?
- 説明なしで届くか?
- 余計な連想を呼ばないか?
この4つの問いを通過しない比喩は、入れない方がマシです。比喩は「あった方がいい」のではなく、「機能するなら入れる」ものだと考えてください。
第2回では「共有経験のズレ」を掘り下げます。比喩が「内輪ネタ」に見えてしまう構造と、その回避法を扱います。
